「台湾で敬愛される明石元二朗」サマリー
平成23年5月21日(土)産経 編集委員 岡部伸
「台湾で敬愛される明石元二朗」サマリー
○帝政ロシアを崩壊に導く諜報で日露戦争を勝利に導いた明石元二朗は、台湾に永眠している。台北郊外の三芝郷の、眼下に台湾海峡が広がる、キリスト教共同墓地に墓はある。
○明石は、ロシア革命の翌年の1918年、第7代台湾総督に就任する。
○有数の観光地となる日月譚水力発電所を開発し電力事業を推進。
○台湾人が日本人と均等の高等教育が受けられる新教育令を公布(李登輝もこれにより京大進学)
○総督就任1年後、一時帰国中、病に倒れ故郷福岡で亡くなる。「自分の身の上に万一のことがあったら必ず台湾に葬るよう」との遺言によって遺体は台北中心部にあった日本人墓地に埋葬された。台湾紙の寄付で、墓と慰霊の鳥居が建てられ、明石神社として祭られたという。歴代総督のうち、台湾に眠るのは明石ただ一人である。
○しかし戦後受難となる。中国大陸から逃れた難民が日本人墓地を壊し、バラックを建て占拠した。97年にようやく公園として整備され、遺骨は99年台湾市民の手で三芝郷の墓地に改装された。
○別の公園に移されていた鳥居も台北市議らの尽力で昨年11月日本人墓地のあった林森公園に戻された。「台湾につくし、台湾を愛した明石の心を大事にしたい」という市民の熱意からだ。台北市は歴史的建築物に登録する。明石はいまもなお敬愛されている。
○「親日」の台湾で東日本大震災で集まった義捐金は160億円に上る。一人当たりでは世界最高だ。日本への暖かいまなざしの背景に、明石や八田ら先人の遺徳があることを忘れてはならない。
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