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2011年9月

2011年9月26日 (月)

「台湾で敬愛される明石元二朗」サマリー

平成23年5月21日(土)産経 編集委員 岡部伸

「台湾で敬愛される明石元二朗」サマリー

○帝政ロシアを崩壊に導く諜報で日露戦争を勝利に導いた明石元二朗は、台湾に永眠している。台北郊外の三芝郷の、眼下に台湾海峡が広がる、キリスト教共同墓地に墓はある。

○明石は、ロシア革命の翌年の1918年、第7代台湾総督に就任する。
○有数の観光地となる日月譚水力発電所を開発し電力事業を推進。
○台湾人が日本人と均等の高等教育が受けられる新教育令を公布(李登輝もこれにより京大進学)

○総督就任1年後、一時帰国中、病に倒れ故郷福岡で亡くなる。「自分の身の上に万一のことがあったら必ず台湾に葬るよう」との遺言によって遺体は台北中心部にあった日本人墓地に埋葬された。台湾紙の寄付で、墓と慰霊の鳥居が建てられ、明石神社として祭られたという。歴代総督のうち、台湾に眠るのは明石ただ一人である。

○しかし戦後受難となる。中国大陸から逃れた難民が日本人墓地を壊し、バラックを建て占拠した。97年にようやく公園として整備され、遺骨は99年台湾市民の手で三芝郷の墓地に改装された。
○別の公園に移されていた鳥居も台北市議らの尽力で昨年11月日本人墓地のあった林森公園に戻された。「台湾につくし、台湾を愛した明石の心を大事にしたい」という市民の熱意からだ。台北市は歴史的建築物に登録する。明石はいまもなお敬愛されている。

○「親日」の台湾で東日本大震災で集まった義捐金は160億円に上る。一人当たりでは世界最高だ。日本への暖かいまなざしの背景に、明石や八田ら先人の遺徳があることを忘れてはならない。

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2011年9月16日 (金)

ブラタモリ六本木編とわたし

ブラタモリで、前にやってたけど、政策大学院大学とか、国立新美術館にいくあたりの六本木の道、二本並行していて、確かにどうしてかなあと思っていたけど、下側の細い道が江戸時代の道、上の二車線道路が明治になって軍がつくった道だと。。。

なるほど。深い。

東京は変わる。足し算の街だ。果てしなく足し算の街である。

昔、巨人の星で、飛雄馬が立ち直るシーン、があったっけど、多くの積み重ねがみられるところが東京の奥深さだし、そこを知るのが面白いよね。

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2011年9月14日 (水)

映画「シャンハイ」とわたし

観ましたよ。

映画「シャンハイ」

かなり重厚な映画でしたね。

キャスティングがとっても豪華。

コンリー、チョウ・ユン・ファにケン・ワタナベでしょ。

ストーリーは真珠湾作戦直前の41年10月から始まる。

 一人のアメリカ諜報員がシャンハイで殺される。

 その殺害の理由を探そうと親友のアメリカ諜報員が一人シャンハイにやってくる。

 彼は新聞記者という職をあてがわれ活動を開始する。

 カジノで待ち合わせたダブルと接触を試みるも失敗。その際、カジノで美しい女とであう。後日パーティで出会った中国マフィアのボスの妻が、その女であり、彼女は日本軍へのレジスタンスの立場にあった。一方でマフィアのボスは、反発しつつも日本軍諜報部の依頼で汚い仕事を引き受けさせられており、彼は妻が日本のレジスタンスの中枢人物だとは微塵も知らなかった。
 アメリカの諜報員は、殺された親友の足跡を追いかけるうち、日本海軍の異様な動き、赤城、加賀といった空母が消息を絶ったことを察知し本部に連絡するも相手にされない。

 その後、日本軍将校の愛人に親友が接近したことに気づき、その愛人を探し、友人の希望であった、上海租界からの愛人の脱出を画策するが、組織もその愛人を隠そうとする。日本軍将校もその愛人を探すことに力を尽くす。

 しかし、女を保護しようとした朝、ちょうど日本が真珠湾に攻撃を仕掛けた後だったのである。

 そして・・・。

 

 脚本的には、もう少し山があってもよかったかなとも思いましたが、やはり、コンリー、渡辺謙のオーラは際立っていますね。

 まあ、あまり現実感がないのが「日本軍が南京でしたことは必ず上海でも繰り返される。だから抵抗する」ってことだった、、、保守的な稿に偏りがちな有栖川さんとしては、なんだかなあってかんじだけど、あれがアメリカの感覚なのかね?上海のレジスタンスというのは国民意識というよりも、もっと違う、支那大陸の歴史によくありがちな、行政の腐敗に対する地方の反乱ってことが、上海租界っていう、特殊事情が加わっているっていうことで、ちょうど幕末の京都のような騒擾状態ってことだったんじゃないんでしょうかね。
 まあ、これは、わかりにくいんだろうけどね。

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2011年9月12日 (月)

長生きとわたし

 ほんまでっかTVは、本当に面白い。

 きちんとしたコメンテーターが出ているところがいい。きちんとしてない人もいるかもだけどね。

 頭が良くなると長生きする。

 脳の発達とともに寿命も延びてきた。でIQの遺伝性は80%。

 IQの高い、感がきく、反応が良い子供の祖父は長生き。隔世遺伝。

 見た目が若いと実際に長生き。見た目が老けていると瞬発力も反発力も低く、病気以外でも、たとえば事故死など早死に。

 姿勢が悪くなるとうつの兆し

 魚の消費量の減少とうつの発生増加に相関性が認められる。

 頻繁に飲みに行くときに無理せずに出せる飲み代の費用の2000倍が年収。

 少量の食事でしゃっくりが出るのは食道がんの恐れ。しゃっくりが止まらないのは脳梗塞の恐れ。

 なるほどねえ。見た目が若いってのは、ホントに大事だと思う。心身ともに健康でバランスが取れていたら、やっぱり若い。くたびれた人間はだめだね。社長さんでも幹部でも、見た目が若い人が多いってのは、どこも同じかな?妖怪みたいなのは、あんまりいないね。

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2011年9月 9日 (金)

円高とわたし

円高は、そんなに悪いか?

輸出産業は結構きついかもしれないけど、政府債務・外債からみたら円高のほうが絶対に有利。食糧や資源エネルギーも上がっているんだから、この輸入についても円高が有利。

輸出はアジア向けが伸びていて、アジア向けは企業間とりひきがおおきのでもともと円建て。だから円高だろうが円安だろうが関係ない。実際貿易に使われ貨幣単位はドル建て半分、円建て4割。

ってことで、ホントはもっと海外旅行でもして楽しむってのが人生ゲーム的には、いい計画なんだろうな。多分。

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2011年9月 5日 (月)

前政権で腹立たしかったこととわたし

忘れやすいもんだから、前政権の残念だったところを備忘録的に。

*******

○中国への無用の謝罪の上書き

○尖閣諸島への中国漁船領海侵犯船長の即自釈放と責任の那覇地検へのおしつけ

○そもそも中国漁船の体当たりビデオを非公開にしていたこと。しかも中国側から謝罪と賠償を求められて右往左往していたが、実態は正反対であったこと。

○メドベージェフ大統領からの、されるがままの北方領土上陸と弱腰の抗議

○横浜で開かれたAPECでのたどたどしくメモに目を通す態度

○靖国神社への参拝閣僚不在

○在日韓国人からの百万人を超える献金受領(しかも震災で国民の目が届いていないとき、3月14日にしれっと返金しているとのこと)

○極左団体を経由して北朝鮮からの資金援助を受けているとの疑惑、合法的ではあるが。

○原発事故に関するずさんな情報開示・・・放射能汚染の予測を隠ぺいし、福島県民はじめ国民に正確な情報を伝えなかったこと。安全だというデマの流布。

○東電に対する素人指示による現場の混乱に拍車をかけたことと対処の遅れ

○汚染牛を予防できなかったこと。

○国内では脱原発を安易に推進しておきながら、産業界からの圧力を受けて諸外国には原発を推進していく矛盾

○退陣を口にし、いたずらに延命を図ったこと。延命期間は結果として政治不在、外交不在となり、それだけ国益を害したこと。

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2011年9月 4日 (日)

あーあ

今、撮りためていた「たかじんのそこまで言って委員会」を観ているけど、今村克彦ってのは、非常に不快な人間だね。自分のプレゼンも完全な感覚論だったしね。これをカリスマにしてる生徒さんもいるってんだけど、早めに抜けだして自分で自分の道を踏み出したほうがいいんじゃないかな。

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2011年9月 2日 (金)

110902有栖川三十郎の優雅な休日

110902有栖川三十郎の優雅な休日
110902有栖川三十郎の優雅な休日

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